失速気味と伝えられるアメリカのEV(電気自動車)市場は、今後どのような展開が予想されるでしょうか。2023〜2024年の間にアメリカにおけるEV市場で、活発な動きが良い方面でも悪い方面でも見られています。
本記事では、2024年のアメリカ大統領選挙の結果も視野に入れつつ、アメリカのEV市場の現状と今後の展望について解説していきます。
アメリカではEVは普及しない?
世界最大規模の自動車市場と言えばアメリカです。中国市場が急速な拡大を見せているとはいえ、やはり中心はアメリカであり、アメリカ市場での好調ぶりがトヨタ自動車の業績の支えとなっています。この分野の動向はやはりアメリカ市場によって左右されると言ってよいでしょう。
そんなアメリカ市場におけるEVの動向が、ここ数年どうも不安定な状況になっています。例えば、2023年のアメリカ市場におけるEVの販売台数は119万2318台でした。2024年の4〜6月の第二四半期の販売台数だけでも約412万台です。アメリカ市場におけるEVのシェアは決して多いとは言えないことがわかります。
アメリカ市場におけるEV市場は動きが激しく、2024年1〜3月の段階では多くの自動車メーカーでEV車の売上に失速傾向が見られ、「アメリカではもはやEVのブームは去った」という意見さえも出ていました。ところが次の四半期、4〜6月に入ると一転して売上がアップします。先述した1〜3月に比べて約2割増、前年の同期と比較しても1割以上の売上増を記録しました。こうした状況から見ても、アメリカでEVがやや苦戦傾向が見られるのは事実ですが、ブームが去って、今後市場が縮小していく一方というわけではないと言えそうです。
なお、「どうしてアメリカでは、当初期待していたほどEVが普及していないのか?」という疑問については、「日本と比べて比較にならないくらい広大な国土を持つこの国では、充電できるスポットが充分に用意できていないEVの弱点が大きなネックになってしまっている」との意見が見られます。この問題をどう改善していくことができるかも、今後のアメリカのEV市場に大きな影響を及ぼすことになるのでしょう。
アメリカで電気自動車の開発中止が相次ぐ?
アメリカのEV市場においてもうひとつ気になるのが、EVの開発中止や停止の動きが見られる点です。とくに大きな話題となったのが、2024年3月に発表された「アップルの自動車開発が中止になる」というニュースです。アップルでは過去10年にわたって電気自動車の開発を進めており、これがEV市場に大きな影響を及ぼすのではないかと期待を集めていたところで、このニュースが飛び込んできました。
10年間も開発を続けていた事情から、撤退と言うからにはよほどの理由があったと考えられます。具体的な開発中止・撤退の理由については定かではありませんが、「AIの開発に注力するため」というのが理由の一つとして考えられています。EVよりもAIの方が将来性があり、資金と時間を傾けて開発していく価値があると判断されたのでしょうか。
それだけではありません。自動車メーカーの間でもEVの開発中止の動きが見られます。EVの開発によって急速に業績を伸ばし、EVの代名詞とも言える存在になっているテスラでは、2024年4月に低価格EVの開発の中止を発表しました。日本でもEVの普及の妨げとなっている、高価格のイメージを払拭する役割を期待されたこのテスラのEVの開発中止が、EV市場の停滞に大きな影響を及ぼしてしまうのではないかと言われています。なお、テスラはこの開発中止の理由を「自動運転タクシーの開発に注力するから」としています。こちらも、EVよりも有望な市場に資金と人材を傾けるという決定がなされたことになります。
さらに、日産は2024年5月に、アメリカで開発を進めていたEVセダンの開発を一時停止することを発表しました。こちらの理由はシンプルで、北米市場でのEVの売上が減速しているからであり、アメリカ市場がEVを開発しているメーカーにとってあまり魅力的な舞台ではなくなりつつあることを示しています。
こうして見ても、アメリカにおけるEV市場は予断を許さない状況となっており、2024年以降どのように状況が変化していくのか、注目していく必要がありそうです。
アメリカ大統領選挙の影響も大きく影響
アメリカのEV市場においてもうひとつ、注目を集めているのが2024年秋に実施されるアメリカ大統領選挙です。誰が大統領に選出させるのか、さらに言えばトランプ元大統領が復活するかどうかで、EV市場に大きな影響が出ることが予想されています。
現在の民主党のバイデン政権では環境問題に配慮し、EVの普及を目指した取り組みを行っています。もともとアメリカでは「2032年までにEVの普及率を67%にする」という壮大な目標を掲げていましたが、さすがにこれは無理だろうということで、現在では35%に引き下げられています。バイデン政権ではこの目標を目指して、EVの普及を大きな目標に掲げ、これまでさまざまな取り組みを行ってきました。
それに対して、トランプ氏はとにかくアメリカ経済の保護や躍進を最優先とした施策を掲げています。前回当選したときにも「アメリカファースト」を掲げていましたが、今回も同様です。そして、トランプ氏はバイデン政権のEV普及や環境問題優先の施策を「自動車産業における労働者の雇用を不安定化させる」などと強く批判しているのです。
このように、EVを敵視しているように見えるトランプ元大統領が、2024年秋の大統領選挙に勝利して返り咲きを果たすようなことがあれば、EV市場が圧力を受ける形で減速していくことが予想されます。
テスラなどはこの点を憂慮しており、2024年8月にはトランプ元大統領とテスラのCEO、イーロン・マスク氏が対談を行い、大きな話題となりました。イーロン・マスク氏は早くからトランプ氏支持を明確にしており、この両者の関係が、トランプ氏が大統領に返り咲いた後のアメリカのEV市場に大きく影響するのではないかと期待を集めているのです。
この対談では原発や環境問題について両者の間で見解の相違が見られており、両者が必ずしも蜜月の関係ではないことを示しています。ただし、今後大統領選において共闘することが確認されており、自動車市場、とりわけEV市場によい影響を及ぼすことが期待されています。気になるのは、先述したようにテスラがEVの新車の開発を中止したことです。イーロン・マスク氏のトランプ氏との共闘は、EV市場の動向とは関係ないところで進められる可能性も排除できないでしょう。
なお、アメリカではテスラの他にも、多数の自動車メーカーがEV市場に参入しています。おなじみのフォードはもちろん、コルベット、GMC(ゼネラルモータースの傘下)、ベンチャー企業のリヴィアン・オートモーティブが挙げられます。フォードとゼネラルモータースが関わっている以上、たとえトランプ氏が大統領に返り咲いたとしても、急速にEV市場が失速、縮小していくことは考え難いでしょう。しかし、市場全体で向かい風になったときにどういった対策を見せるのか、まだまだ未知数で予想するのが難しいというのが現状です。「トランプ氏の大統領返り咲きによって、ハイブリッド車を積極的に展開しているトヨタが有利になるのでは?」という意見もあります。
まとめ
アメリカにおけるEV市場は、業績が伸びたり減速したりと不安定な状況にあります。そこに大統領選や環境問題に絡んだ政治事情が絡むことで、混沌としているとも言えるでしょう。2024年秋のアメリカ大統領選挙の結果次第で、改めて今後の動向を見極めていく必要がありそうです。